« 薔薇と海馬 | トップページ | めだか »

八つ当たり医療現場

最近の医療現場では、入院している患者又はその家族が、医師に対する不満を、抓る、引っ掻く、セクハラ等の暴力として看護師に向けている。患者側からしたら、十分なインフォームドコンセントを施さず、投げやりで治療される―もはやその形が治療と言うべきなのか謎である。個人的見解として、医師は肉体の治療は勿論の事、患者の精神的ケアまで範疇に入れて初めて、「治療を行った」と言えるのではないかと考える。―事に腹立たしさを感じ、その怒りをぶつけたくなるのが当然だろう。しかし、その怒りをぶつける場を、人を間違えてはいないだろうか。患者も医者も看護師も人間だ。勿論、インフォームドコンセント等の治療は医師だけでなく看護師にも必要なものだ。この個人的理念を念頭に置いた上で、以下に意見を述べる。

看護師とはおそらく、医者からの膨大な指示に従いながら患者の直接的なケアを行い、日々の役目を果たしているのではないか。(無論中には怠け者もいるだろう。社会は「8:2=怠け者:働き者」の構図が成り立っているという説まであるほどだ。)その役割上、自ずと患者と接する時間は長くなる。よって、患者の中には「医者より看護師の方が接し易い」と感じる者が出てきてもおかしくない(実際そうだと思うのだが)。そうすると、より看護師に対して安心感や親しみ易さが芽生えてくることだろう。―ここまでは良い。問題は、その先の捉え方である。ここで「ありがとう」という気持ちを抱くか、あるいは抱いたとしても、患者の頭の中で「医者>看護師」(因みに、管理人の頭の中ではこの様な構図は成り立っていない。「治療出来る範囲」で言ったらそうなるとは思うが、何か別の所で、「医者=看護師」である。)の立場に付け入るかどうかである。患者の事を「患者様」などと呼ぶ病院も増えているそうだし、一部の医者が「俺は患者より上だ」とする傲慢さと同様に、患者の中にも似た様な傲慢さが生まれているのではないかと思われてならない。先程も述べたが、患者=医師=看護師=人間である。もし、自分が患者で、治療で医師に酷い扱いを受けたのなら、その不満や怒りは看護師ではなく、当事者である医師について病院にぶつけるべきである。又、厚生労働省等にメールで訴えても良いだろう。正直、そうする事で即効性ある解決が出来るかどうかと聞かれると、答えはNOだ。しかし、入院中面倒を見てくれている人に対して暴力を振るうとは、如何にも人間性が乏しく感じられ、腹立たしさを覚えてしまう。看護師に「訴えるな」と言っているのでは無い。それは勿論賛成だ。「理性的に訴える」事と「暴力で接する」のとでは天と地の差だ。看護師も病院の一員であり、看護に従事している。よって、患者が「訴える」権利はいくらでもある。そして、医師や看護師には、患者からの治療における不満(あくまで医療についてだ。)を受け止める心の準備が必要である。何故なら彼らは、国民のお金でご飯を食べて、生きていけるのだから。

確かに、入院中の患者に対し道徳的観念どうこうを言うのは酷であり、それこそが間違っているかもしれない。人間、体が痛めば心も痛む。しかしながら、「あらぬ暴力行為」に出てしまう前に、不満をどうにか理性的に乗り越えてほしいものである。

今までに暴力を受けても、看護師として患者の、唯でさえ不安定な精神を支えようと人命救助に尽くそうとする人には、心から感動する。そして、そんな彼らがいるからこそ、病気で不安定になった時、その気持ちは、「受け止めてくれ」と云わんばかりに彼らにぶつけても良いのかもしれない。それは暴力とは違い、彼らの成長を促進させる栄養剤になるのではないかと思う。

|

« 薔薇と海馬 | トップページ | めだか »

医療」カテゴリの記事

意見」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/401627/6409836

この記事へのトラックバック一覧です: 八つ当たり医療現場:

« 薔薇と海馬 | トップページ | めだか »