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2007年7月

泡沫の記憶Ⅰ

つい最近まで忘れていた、小学5,6年生の初夏の記憶。
ある日、休み時間中校庭で遊んでいた時、当時その学校で「なかよし学級」と呼ばれるクラスの子の1人が話し掛けて来たんです。その学級は、障害者(この言い方は本当は嫌いです。人生は障害を乗り越えて行くものだと思うので。)の為にあった様でしたが、私は当時からその存在に違和感を感じていました。子供ながら、「なかよしって名前が付くのに、全然仲良く無いじゃん」と疑問を持っていたのです。実質、その学級は他学級とは隔離されていました。学校側の政策だったのでしょう。大人がそんな態度では、子供の差別を助長します。
だから、そんな風潮に流されまいと、声を掛けられたその時、よく聞き取れない話し声を必死に聞きましたが、結局分からなくて、「ごめん、ちょっと分からなかったから、もう1度お願い」と頼んだのですが、その子は伝えた事を満足したのか、それとも私に見切りを付けたのか、去って行ってしまいました。
当時(今でも解けませんが)その行動の真意が分からなかった私も、「良いのかな?」と思い、そのまま後ろを向いたのです。すると、在席していた教室の窓から幾人かの同級生達がこちらを見ていました。まるで物珍しい光景でも見るかの様に。その後廊下で白い目で見られたり、こちらを見ながらヒソヒソ内緒話をしている子までいました。当時何なのか全く分からなかったのですが、思い出した事で漸く回路が繋がりました。直後、クラスメイトに言われた言葉によって。
「さっき何で喋ってたの?」
「話し掛けられたから。」
「やめなよ。伝染(うつ)るよ?」
私は「(風邪じゃあるまいし)伝染(うつ)らないよ。」と答えましたが、その歳の子の大半には、その光景は異質に見えた様でした。
そんな中、唯1人だけ、面と向かって私にこう言ってくれたのです。
「良いと思う。」
と、ぼそっと。けれど、そうはっきり、肯定してくれたのです。
この言葉に対して何と答えたか、私は覚えていません。そしてその人が誰だったのか、未だに思い出せないのです。
私は薄情なものです。憎たらしい事覚えてるくせに、大切な事の方を忘れてしまうなんて。声も姿も名前すら思い出せないその子は、淡い記憶の中で私の前に佇んでいるのです。
いつしか観た映画で、少女が、溺れた自分を救ってくれた川の主の名を思い出すシーンがあります。「ありがとう」を忘れるな、と。
そしてそれに関連する様に、再び校庭で遊んでいた時、図工の先生から呼び止められ、一輪の薔薇の花を差し出されます。「貴方の綺麗な心に」という言葉と一緒に。(女の先生だったのですが、この言葉を思い出した途端、顔から火が出そうな勢いでした。。(;^_^A非常にロマンチストな方だったのだと思います。)
ここでは、自分が綺麗かそうじゃないかなんて、問題じゃ無いんです。汚いと思う自分に悩んで立ち向かう姿が、人生に味を染み込ませるのだと思うのです。藻掻く事を諦めない人間は、いつだって人間でいられるんです。
私は、その薔薇を貰った時、美しさと嬉しさのあまり、ずっと奥にあったかもしれないメッセージに、気付かなかったのです。
それは恐らく、「忘れないで。」だったんじゃないでしょうか。そうなる事こそ、ある意味、本当の意味で、汚くなったという事なんじゃないだろうか。

そしてこの記憶を思い起こしたと同時に、私は、私の綺麗な部分に蓋をしてたんじゃないかと思いました。思えば、小学生の頃から私は1度も、素直に感情を綴った事が無いのです。作文にしろ、素直に思っている事を書いたのは、中学・高校の時の戦争に関するレポートと、小学生時代の卒業文集。意地っ張りな私は、昔から自分の良い面を見ようとはしていなかったのです。
本質には、「好戦的で、頑固で、バイタリティー溢れる個人主義者」(自己分析です)という以外に、未だ別の良心が潜んでいるように思えます。嗚呼、なんて薄情なのでしょう!自分の長所を見ない事は、そんな事は失礼です。何より、自分に。
人には必ず長所があって、時に短所と紙一重。だから、自分の長所に自身を持たなきゃ損。私は昔、周囲の人はみんな自分より綺麗だと思っていた。そんなことは無い。私には私の自慢出来る部分は必ずある。
今まで認めて来なかった分、自分を認めてやる。
私にはもっとやるべき事が沢山ある。なのに、それなのに、どうしてこんな大切な事を忘れてしまっていたのだろう。

これから先、この記憶の中の人物を思い出す事は困難かもしれないけれど、本当の優しさに触れさせてくれた一瞬に、「どうもありがとう」。
薄情な自分に、「さようなら」。

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スシ王子!ってあれ…

ドラマじゃ無いだろ。漫画だろ(笑)

ってかあれは何がしたいんだ?!寿司への冒涜か崇拝どっちなんだぁー!!
スタッフは何を求めているんだ…映画大丈夫か?!
時候警察と同様、理屈は不要なドラマなんでしょうね。
しかし、堂本光一君は本当に美形だったんですね(@@;)友達が惚れる筈だ…(笑)DEATH NOTEの主人公そっくりです。KIRA役は彼でも良かったかも。

こっから私的な事↓
私寿司…というかなまものが未だに苦手で。。日本人なのに食文化の象徴・寿司が食えないんです(;^_^A人が食べるのを見る分には好きなんだけどね。
寿司の姿形は芸術ですよ。美しい。
…芸術品としてこんなに愛してるのに寿司を食えない私は…何?(-_-;

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☆紫陽花のアロマキャンドル☆

ちょっと季節外れだけど、紫陽花のアロマキャンドルです。
アロマと言っても、紫陽花の香りがする訳じゃないんだけど、水に浮かべるとこれが又とっても綺麗☆お気に入りのインテリアは、見てるだけでとっても癒されます(*^-^*)

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遺伝と責務

遺伝子による病気の診断法が有効である事は言うまでもない。しかし、もし、「全ての環境因子を排除した法律」が確立された場合、それによって起こる問題は逆の立場で2つある。

①環境による因子を考えず、個人の本質を決め付けてしまう。⇒人格の尊重を阻む。差別の拡張。犯罪者と同様の遺伝子を持つからと言って、排除を余儀無くされてしまう。
②環境因子を排除する事によって、責任の全てを遺伝子のせいにしてしまう。⇒犯罪者を、「遺伝子の責任」と言い逃れられる事によって、収容出来なくなる。

続きは又今度。。

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木曜10時のドラマ

帰宅後に唯一見ているドラマ枠であります。今は「山女壁女」ですね。これが結構面白い。何も考えずにガハガハ笑えるから、楽に見られます。息抜きに最高。

この時間のドラマって、大抵面白いんですよね。「山壁」の前は「私たちの教科書」、「白夜行」、確か「海猿」もこの枠だった様な。
すごく真剣に集中して見られるドラマと、気楽に見られるドラマが交互に放送されて、上手い組み方だな~、と思います。

「海猿」、「白夜行」はお金が貯まったら将来DVD揃えたいですね。小説(白夜行)も欲しい。。

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決め付けないで。

科学は悪者では無い。

それをもっと分かって欲しい。知って欲しい。
確かに、原爆や生物兵器の醜態は見るに耐えない。しかし、現在の教育現場では、そればかりを馬鹿の様に強調して、科学技術がどれだけ医療に役立っているか、環境への罪滅ぼしを可能にするものか、(担当の先生にも拠るが)殆ど説明が無い。道徳の時間等、何かにつけ「科学は悪者扱い」な発言を幾度と無く耳にしてきた。勿論、悪影響について考えなくてはならないのは当然だ。しかし、それではあまりにフェアでない。それこそ、「世界は変動する」という事実への考察を妨げる行為ではないか。
倫理で言う所の「人間は灰色の存在である」という説。倫理学的に言うなら、科学は人間が生み出した、云わば灰色の子供なのである。

私は、「『科学』という存在を童話で言う『魔法』と捉え、使い方―扱う者によって白にも黒にも染まる。云わば人間と同じ存在」だと考えている。
この世界で変わらない事があるのだとしたら、その1つは「変化」だろう。星の動き、空気の流れ、地殻の変動、生活リズム、細胞分裂…。絶対零度と言われる世界でさえ、微々たる動きが存在するのだ。
この変化を解き明かしたのは、倫理でも宗教でもない。科学という学問なのだ。正にその前に哲学が存在する事実は言うまでもない。そう、科学は「ある事象を深く探求する」行為によって生まれている。この「探求する」行為自体が、人間が考える葦である事の証明であり、哲学なのだ。
理数離れ―この現象は極端な話、「事実への哲学」への配慮の無さが根本にあると伺える。
>続きは又今度。。

入学当初から変わらない概念だが、そんな曖昧な存在だからこそ、善だ悪だと決め付ける様な発言は、控えて欲しい。少しでも科学を齧った者からの、切実な願いである。

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感性と音楽

音楽を聞く時は、「自分の魂のリズムに合うかどうか」が、私の甲乙付ける際の基準になっている様です。ぴったり波長が合うと、凄く気持ちよくなれたり、終いには熟睡していた。。なんてことも。
日本語のJ-POPでそれは中々難しいですが(言葉がはっきり分かってしまうと、私は妖力開放してしまうのです)、民族楽曲は何処の民族の音に触れても、気持ちの良い音にさせてくれます。その土地のリズムが伝わってきている様で、非常に私を楽しませてくれるんです。

こういうものを、根こそぎ奪い取ってしまってはいけませんよね。時に激しく、時に穏やかに奏でる美しい旋律は、人類の宝です。

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声質

友達に、『(RuKaの)声が歌手の安藤優子さんが話している時の声に似ている』と言われました。歌を歌う方に似ていると言われると、嬉しいですね。

そして、これにより調子付いた私は、早速、安藤優子さんのアルバムCDを借りてみました!これが中々良い!!好きなジャンルの曲が多かったです。
題名忘れてしまったのだけど、途中で呪文の様な言葉が入る歌…特に好きです。

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☆バインダーアレンジメント☆

Nec_0063_1Nec_0064_2市販の無地だったバインダーをアレンジメントしてみました。
小学生の時、家庭科実習で貰った友達の布の余りを裁断して装着して、バインダーの表に星座のシールを貼っ付けておしまい☆
「何をするにもまず形から!」、な私には正に打って付けの品物に大変身☆お気に入りのファイルになりました〜(*^∀^*)

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肌への労り

私、化粧品は友達の勧めもあり、FANCLを使ってます。値段が張るのが貧乏人には正直キツイものがありますが。それだけ品物は良いと思うんだけどね。無添加だし。
でも、化粧水って90%は水分らしいから、使い終わった後は水少し足して使ってます(笑)脂性肌だから乳液はあんまり減らないし☆(そこ、意味ねー。とか言わない。)

で。今更気付いた自分のお肌の性質。私全体的に脂性肌だと思ってたら、頬の部分だけ少し乾燥肌が混じってるみたいなの;だから、今までは化粧水・乳液共に「さっぱり」を使ってたんだけど、今度からは化粧水だけ乾燥肌用の「しっとり」を使ってみることにします。サンプル使ったら肌がもちもちして気持ち良いし!
そして夏は紫外線が…(‐ ‐;日焼け止め持ってないんだけど、お金が無いので日傘で我慢!!(><)

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見れない…

私の中では「おしん」を超える韓国ドラマ(すいません、私は「韓流」といういかにも「一時のブーム」的な言い方に、少なからず抵抗があるので。。この言い方で)「宮廷女官チャングムの誓い」。
今BSで放送しているのですが、見る事が出来ないのが残念です。ノーカット完全保存版なのに。本当に、非常に残念です。
では、そこまではまるこのドラマの魅力は何か。ストーリー、メッセージ性、登場人物、音楽、東洋医学…全てにおいてよく練られていると思います。
特に登場人物では、主人公のチャングムがいつ見ても真っ直ぐで、応援したくなるんです。非常に共感出来る考え方だと思いました。唯、人を横から見る為か、「生意気」とも思われる様ですが。私は、この「横から見る」という心持、非常に大切だと思います。人を見下す訳でも媚びる訳でも無く。対等な関係を築こうとする…というのでしょうか。その上で目上の人に対する礼儀を弁え、尊重する構え方が出来る。その為か様々な経験が出来る人生は、醍醐味の集約だと思います。
勿論、いずれ悪役となってしまうチェ・グミョンのやりきれない想いにも共感出来…。
それぞれが極端な性格だからこそ、その部分部分に近しいものを感じる事の出来るドラマだと思いました。
又、東洋医学の知識を齧るのにも、打って付けなドラマです。特にチャングムが王様を懇親込めて治療する姿は、圧巻です。

皆様も1度、ご覧になってみては如何でしょう??

「宮廷女官チャングムの誓い」日本版公式HP

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コラーゲン

一昨年位からだったでしょうか?やたらとこの物質が騒がれる様になったのは。
確かにコラーゲンは、皮膚軟骨人体等、生体を構成するタンパク質の1つですが、これを美肌効果に使うには、補酵素であるビタミンCを一緒に取らないと意味が無いと思うのです…。
タンパク質は、生体内に入るとアミノ酸に分解されて小腸の柔毛から吸収されるか、再合成されるので、再合成されて体内で効率良く働くには、補酵素の遊離による代謝の促進が必要だと考えられます。

又、コラーゲン分子の直径は細胞より大きいので、「コラーゲン入りの顔パック」をしても、期待した効果は望めません。最適温度・最適pHという要因から、生体外でコラーゲンが内部と同じ様に働くとも考えずらいですし。

ある本で、コラーゲンの働きの効率を高めるには「ビタミンCとの同時摂取が良い」とも書いてありました。

よって、コラーゲンは「摂取」に限る
パックは意味無し。

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DEATH NOTE ちょびっと感想

DEATH NOTE、遂に終わってしまいました…。

個人的に、アニメの終わり方は漫画より好きです。

私は、原作は心理描写より心理戦に、アニメは心理戦より心理描写に重きを置いていたと思います。

心理戦に於いては→映画≻原作≻アニメ
心理描写に於いては→アニメ≧映画≻原作

原作では理論重視の為に心理描写(高田の月に対する細かな恋愛感情等)は描がかれなかったのだと思いますが、アニメではその辺を見せてくれました。
それからラスト、この上無い美しさで、満足。

感想・考察は又後日。

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