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もうちょっと書き方を考えてみた。

「人として。(山口光市母子殺害事件)」、かなり分かり難い内容になっててすみません。言いたい事が多すぎて、それをしっかりまとめ切れていませんでした。支離滅裂ですし。

今回はちょっと違う方向で行きたいと思います。

法学の知識についてはさっぱりですが、そっちの方向で。

以下、私が事実を何も知らない人間という事を踏まえても(被告人の手記などはこの目で見た訳でも無い、声を聞いた訳でもないが)、感じた事を率直に言わせて頂きます。
厚顔無恥とは存じておりますが、何卒、御容赦下さいませ。因みに、この事件に関する私の心理はこちらです。

1.少年法
本村氏には、「凶悪犯罪を少年法を第一にして量刑を考えて良いのか」という主張がある。被害者遺族としては、家族を惨殺され、無期懲役では納得がいかないだろう。

日本の司法では二人以上の殺人は死刑になる筈だが、被告人が元少年だった為、一審・二審での判決は無期懲役。

確か、被害女性の体内からは被告人の体液が検出されていたと思うのだが(他の事件と混同させていたらすいません)、彼が真犯人でなかったと仮定しても、獄中での手記からは、「人間性の欠如」とも取れる内容の言葉が見受けられる。

よって、強姦目的で不法侵入の上、悪意を持って二人も殺した人間に少年法を適用するのは、冤罪の危険性を除き、妥当では無いと考える。

又、一審・二審の被告人の言動からは、「強姦目的」であったことを肯定し、平然と述べているが、それが単に「知能障害」の問題で片付けられるとは思えない。

何故なら、彼は少年法の存在を知っていたからである。手記にも間接的にだがそれを臭わす様な表現があった。

「土からひょっこり芽を出す」

と言うのである。

もしこの言葉が、「俺は未成年だから人殺してもまた社会に出れるんだよ」という意味なら、更生の余地は無い。この部分において彼は知能犯だからである。

このことから、知能障害では無く、「悪意が有っての殺人であった」とする説が、有力である。

よって、当時未成年であったとしても、「殺人」・「強姦」・「悪意の有無」・「更生の余地」という観点から、無期懲役は軽いと、私は考える。

勿論、裁判官でも無い私がこんな事を公の場で言及するのは相応しくないが、思考は脳細胞を活性化するのにも良い事だ。敢えて断定口調とした。

以下、約30行に渡り「約20年間、私が身内から受け続けて来た暴力」について書かれているので、「知りたい!!」と思った方以外(特に知り合いの方)は、絶対に飛ばして読んで下さ。念の為、白抜きにしておきます。
通知が遅くなり、申し訳ありませんでした。

…話は変わるが、私が子供の頃を思い返すと、果たして、未成年はその年齢を刑罰の重さに加える必要があるのか?と疑問に思う。

何故なら、少年時代の私には、考察力も悪意も存在していたからである。

大それた事では、牛乳を零した事で親から「馬鹿」、「神障(しんしょう:精神障害者の意)」、等と罵倒され、酷い時は人の話も聞かぬまま、思い通りにならないからといった理由で髪を引き摺られて床に叩き付けられたり、首を絞められ首と肩を鞭打ちにされた時、紛れも無い殺意を抱いた事。今でも後遺症はあるが、虐待されたからという大義名分で殺しを実行するには十分な動機であり、「殺してやる」というのは悪意である。
「唯、この件に関して言うなら、その場での実行なら情状酌量の余地があったと言えるだろう」―そう、
私は情状酌量を知っていたのである。
もし、虐待という事実が無く、短絡的に人を殺そうとした場合、私はその余地を作り出して免れようとするだろう。そうすることは容易にはいかないが、恐らく少年法による減刑は、それがいとも簡単に行われてしまう。

幼いなりに隠蔽工作程度なら考え付くものである。

私の身の上話による事例のみだが、完全犯罪を行おうとした時の考察力から言って、現行の少年犯罪における少年法の緩さは、是非見直して頂きたい。

2.無期懲役と死刑のギャップ
日本には終身刑が無く、無期懲役の次に死刑というのが、突然過ぎる。

裁判官の判断を悩ませるところでもあるのかな、と思う。

無責任に極刑を下す事は、躊躇われるだろう。

ここで言いたいのは、終身刑があれば安全だ、などという事では無い。無期懲役にしろ何にしろ、刑罰には冤罪という問題があるからである。

又、無期懲役もそうだが、終身刑を置くにも「税金払って犯罪者を食わせるなんてもっての他」だという意見もあり。
利益から考えれば最もな意見であり、蔑ろには出来無い。

しかし、だからといって「極悪人全員死刑!!」と簡単に叫べる程甘い問題でも無い。

…まぁ、日本の強姦罪の軽さは目に余るものがありますがね。窃盗罪より軽いとは、人の尊厳はどこに?と感じます。男性にも適用すべきだと思いますし…。

…最後に脱線してしまいましたが、世界水準から見ても、日本の司法は人の心・命の重さを軽んじている気がしてなりません。

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コメント

こんにちは。先日はトラックバックありがとうございました。

この裁判の一・二審は起訴事実をほとんど争わなかったようですが、今枝弁護士のブログによりますと、被告人は一審から殺意と強姦の計画性に関しては否認しているとのことです。

詳しくは以下の「初期のコメント 1 事件全体」の部分にあります。

http://beauty.geocities.yahoo.co.jp/gl/imajin28490

投稿: もそもそ | 2007/09/23 11:23

もそもそ様、初めまして。コメントありがとうございます。
今枝弁護士のブログは既に承知しているので、参考程度にしております。
これには失礼な話、私が理科系だったことが起因しているのかもしれませんが、当事者であっても、ある一人の人物が書いた内容に過ぎず、事実では無いと思う為であります。私の記事がそうであるように、そこには必ず、どんな人にも偏見は生じるからです。
本村氏の手記に関しても同じです。
真実は目で見る事の出来たもの(人の人間性も含む)だと思っているので。

又、科学技術の進歩によるDNA鑑定等は、実験手順を誤ったり、データを捏造したりしなければ、情報に誤りはありません。
なので、最初「目的」ではなかったにしろ、体液の鑑定から強姦に及んだことは事実であり、私はそれが精神異常・情緒不安からの犯行だとしても、犯行は犯行であり、その様な被害に合った人間は自己を否定され、人生に傷を負ってしまう事から、「目的ではなかった」という事が、「人を犯した」という事実にどう繋がるのかが理解出来ません。
正当防衛や情状酌量の余地がある場合は除き、犯罪とは「行ったこと」が「やってしまったから」で済まされるのか、疑問に思う次第であります。

投稿: RuKa | 2007/09/24 01:52

はじめまして。拙ブログへのトラバからご訪問致しました。
貴ブログをざっと読ませて頂きましたが...
本件についてより、貴ブログのカテゴリーが面白そうなので
じっくり全記事を拝読させて頂いてから、後日またコメント
を寄せさせて頂きたいと存じます。先ずはごあいさつまで。

投稿: 丸井太輔 | 2007/09/26 11:12

丸井太輔様、初めまして。コメントありがとうございます。

>貴ブログのカテゴリーが面白そうなのでじっくり全記事を拝読させて…
あ、ありがとうございます…///恐縮です。。
唯でさえ自己満足のブログをお褒めに預かり、光栄です。
ありがとうございますoyz
お返事遅くなり、申し訳ないです。

投稿: RuKa | 2007/09/28 16:54

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前回まで(その1、その2、その3)で、このエントリーは一応の結論を出したつもりでしたが、そのエントリーでの読者の皆さんからの質疑応答で、説明不足もしくは説明の至らなさを痛感いたしました。 そこで、再度説明エントリーを書くことにしました。 例によって、今枝弁護士のブログ『弁護士・未熟な人間・今枝仁』のエントリー記事から引用します。 ◎ 質問コーナー 3 ① 「魔界転生を信じ、死者を生き返らせるために... [続きを読む]

受信: 2008/02/04 01:55

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