医療

「待つ医療」と「疾風の医療」

【シリコンバレー1日時事】腰痛患者に西洋医学による治療と漢方のはり治療を別々に施して効果を聞いたところ、効き目を実感したはり患者の数は西洋医学患者の2倍近くに上ったことが分かった。独レーゲンスブルク大の研究者らが約1200人(平均年齢50歳)を対象に調べたもので、このほど米医学専門誌に調査結果を発表した。

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私は、いつも間近で針や灸に触れてきたので、腰痛に針が効く事実は知っていましたし、さして驚く様な事ではありませんでした。東洋医学の優れた面を欧州等に認めてもらう為にも、この様な研究は、どんどん進めて頂きたいですね。
何より、その科学的根拠が知りたいです。どうしてその様な効き目が現れるのか、非常に興味があります。

近年、ツボにはありとあらゆる神経が集中しているという事が解明されましたが、未だその仕組みは解明されていません。
しかし、そんな事が分からずとも、このような技術が発達していたという事実は、東洋人が如何に自然発生的な思考を持っていたか窺い知る事が出来ます。
西洋医学では、それとは対を成す医学として、特に外科が発達していますが、腫瘍を取り除く技術などは、やはり圧巻です。

東洋は残し、西洋は切る。

その違いから、歴史的に見て、効用が特に顕著に現れる場として、東洋は静けさの伴った日常、西洋は戦地が挙げられます。
決して、西洋が野蛮という事ではありません。人類は皆、戦争という瓦礫の上に文明を築かせていったのですから。
又、現代医学においては、両者とも必要不可欠な存在であり、東洋医学も西洋医学も日常的な医学と言えます。

では、何故西洋医学が東洋医学より戦場に向いているのか。
それは、合理的思考に根差した「切り取る」という行為そのものに現れています。
東洋医学では、灸を据えたり、漢方薬を投与したりする事でゆっくりと、その人の代謝に合わせて治していきます。いわば、「待つ医療」なのです。
しかし、戦場では生きるか死ぬかという状況の中で暮らさなくてはなりません。そんな中悠長に身を構えていては、流れ弾に当たって死ぬ確立の方がはるかに高いでしょう。
故に、壊死する可能性のある部分を切り取る作業が必要になるのです。
効果の早さから言ったら、西洋が断トツでしょう。
まさに「疾風の医療」です。

「待つ医療」と「疾風の医療」―研究が進むにつれ、夢では無い両者の協演。

科学的根拠が無ければ世界的に認められない現代において、生まれてしまった劣等感や優越感をかなぐり捨てる事は難しいですが、少なくとも生きている間に、その協演を拝めてみたいものです。

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陳腐だけど

その人の人格と仕事としての行動は、違うと思うんですよ。
相乗効果や表現に特徴が出る事はあっても、その人の全てでは無いし。仕事はその人を成長させるものだと思うから、その人が「仕事として行った行為」が、一概に人格否定されるべきでは無い、と考えています。

医者にしろ弁護士にしろ何にしろ。

マスコミによる見境無い医療人叩きを鵜呑みにして、「医者は全員が悪だ」とする様な態度で診療に臨む一般視聴者は、正直もっと客観視して欲しいです。インフォームドコンセントやセカンドオピニオンが十分になされなかった等、「医師個人の問題」も医療問題ではあります。
しかし、果たしてそれが全てでしょうか?
問題の中には、「組織の整備がなされていない」、例えば、連携プレーや役割分担(あまりカッチカッチに分担してしまっても、それしか出来なくなって困るのですが)が疎かになっている場合もあります。最近の妊婦盥回し事件がその典型です。
連絡網の整備は基本、組織内での看護師の負担を軽減する事や、産婦人科医の確保も必要でしょう。
しかし、現状ではそれがスムーズに行われていない事が、実態として浮かび上がっています。
負担の大きい科への敬遠が理由の一つでしょうか。しかし、強制的に「~科へ行け!」と他人が言うのも、結局そこには、医者として働こうとする一人の人の人生がありますから、ちゃんちゃらおかしな話です。
覚悟と使命感が相当強くなければ、特に女性で忙しい科に行くのは至難ですし(生理休暇など取れない病院が圧倒的ですからね。男女差別も根強いと思います)、外科医などは腕が無ければ執刀医として成り立たないでしょう。
個人の自覚を促すのは教育機関の役目ですが、産婦人科や小児科が島流しと揶揄される様な現状を改善するのが、最善の策だと思います。

又、橋下弁護士と弁護団の争いにおける両者への人格否定。あれは何なのだろうと思います。
日本では事件の被害者にまでその様な発言をする人をよく見掛けますが、人格まで否定するなら、その人のプライベートなど、随分なところまで知ってらっしゃるのね?と問いたくなってしまいます。

私も、親戚からありましたけどね。人の真意を汲まずに「没個性」発言されたこと。お前何様だと。…言いたくなりましたがね。その時は黙って聞いといてやりました。年配者だし。何年も会ってない奴が人の個性分かるかよ?人格者気取ってるみたいだけど、「人には必ず個性がある」事忘れてるなら既に人格者では無いよ。

…ここでこんなことほざいてる私もそうだがな。

…話がずれましたが、始めに述べた様に、人格と仕事でしている事って、違うと思うんですよ。
だからあんまり、人格否定発言は正攻法ではないかな、と。

今日はそんなところです。

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患者の暴力

横暴患者に大学病院苦悩、昨年は暴力430件暴言990件
全国の大学病院で、昨年1年間に医師、看護師が患者や家族から暴力を受けたケースは、少なくとも約430件あることが、読売新聞の調査で明らかになった。
理不尽なクレームや暴言も約990件確認された。病気によるストレスや不安が引き金となったケースも含まれているが、待ち時間に不満を募らせて暴力に及ぶなど、患者側のモラルが問われる事例が多い。
回答した病院の約7割が警察OBの配置などの対策に乗り出しており、「院内暴力」の深刻さが浮かび上がった。
調査は、先月から今月にかけ、47都道府県にある79の大学病院を対象に行い、59病院から回答があった。このうち、何らかの暴力あるいは暴言があったと回答した病院は54にのぼる。暴力の件数は約430件、暴言・クレームは約990件。暴力が10件以上確認されたのは6病院、暴言・クレームが50件以上あったのは5病院だった。
「クレームはここ2年間で倍増した」(大阪大医学部付属病院)など、暴力や暴言・クレームが増加しているという回答は、33病院に達した。ただ、こうした件数や事例を記録に残していない病院もあり、今回の調査結果は、「氷山の一角」の可能性が高い。
暴力の具体例では、入院手続きの時間外に訪れた軽いけがの男性に、医師が「ベッドの空きがないので明日来てほしい」と告げたところ、缶コーヒーを投げつけられ、注意すると顔を殴られて、顔面を骨折したケースがあった。入院患者から「言葉遣いが気に入らない」という理由で足に花瓶を投げられた看護師もいた。
けがを負う病院職員は少なくないが、「病気を抱えて弱い立場にいる患者と争うことはできるだけ避けたい」という意識から、警察に届け出ない場合も多いという。
暴言・クレームでは、複数の患者がいたために、すぐに診療を受けられなかった患者の家族が、「待ち時間が長い」と腹を立てて壁をけったり、暴言を吐いたりした。検査後に異常がなかったことがわかると、患者から検査費用の支払いを拒まれた病院もあった。
精神疾患や重い病気で心理的に追い詰められた患者が、暴力や暴言に走ってしまった事例もある。しかし、多くの病院は、それ以外の患者や家族による理不尽な行為に悩んでおり、「(一部の患者から)ホテル並みのサービスを要求され、苦慮している」(慶応大病院)との声が上がっている。
具体的な対策をとっている病院は44にのぼり、警察OBを職員に雇い、患者への応対に当たらせている病院は21、暴力行為を想定した対応マニュアルを作成した病院は10あった。院内暴力を早期に発見・通報するため、監視カメラや非常警報ベルを病棟に設置する病院もあった。(2007年8月19日3時4分  読売新聞)

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以前「八つ当たり医療現場」にも書きましたが、「患者=医者=看護師=人間」ですよ。患者だから何ですか。医者だから何ですか。
そもそも、小泉内閣の際、医療費を削減した事にも問題がある訳で、もう少し社会の全体像を見てから行動に移して下さいよ。
医師の暴力も患者の暴力も同じです(医療ミスは普段の生活での暴力とは異なると定義した上で)。野蛮とされる自己主張の取り方をする前に、理性でものを申して下さい。
このまま放置しておけば、今後必ずエスカレートします。「手を上げる」暴力以外の事だって起こりますよ?今でも、診療中に、医者や看護士が患者に性的暴行を加える事件が実際にあります。それでも医師免許は取り下げられません。そんな事態まで招いているのに行政は何もしない。このままでは、非人道的行為が医療機関にまで蔓延る事になります。無法地帯のまま野放しにしておいて良いのでしょうか?
何故、燐とする態度が許されない世の中になったのか。
人間なら甘えるな!

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めだか

今、メダカがバイオ研究での研究対象として注目を集めている。その分野も、生物学の基礎研究のみに留まらず、医学や環境分野の研究でも、実験対象として注目されている。その様子は、さながら、今をときめくトップモデル・えびちゃんもえちゃんの様だ。

しかし、彼らは、自然界では絶滅の危機に晒され、99年にその存在を絶滅危惧種として認定されている。そんな彼らを実験対象としても、研究なんて出来っこないじゃん。と、思うだろう。それがどうやら、研究室内で飼育されているメダカへの注目らしい。まぁそれもそうだろう。絶滅危惧種を新たに絶滅させてしまっては、自然派国民の名が廃る。では早速、彼らが実験室でどんな研究に晒されているか、覗いてみよう。

メダカは、人と同じ脊椎動物の仲間で、内臓の仕組みもほぼ同じだ。それもその筈、彼らの遺伝子には人と共通のものが多く、人の病気に関連した遺伝子も組み込まれている。よって、マウス同様に、メダカの病気モデル(メダカを環境の変化や遺伝子組み換え等によって病気にさせたもの)を産み出して研究に用いる事が可能なのである。又、マウスを用いるよりもそのコストは低くて済む。実際に、メダカの色素が薄いもの同士を配合させ、体色をほぼ透明化する事で生きたまま内臓を観察出来るようにされたメダカもいらっしゃるようだ(透明メダカ、2001年誕生)。内臓が見えて何になるんさね。一見そう思えるが、彼らをある病気に掛からせ(例えば腎臓病)、その内部や様子を観察して新薬開発を手掛ける研究に一役かっている。又、環境が汚染される事で生体内にどの様な影響が及ぼされるか調査する為、彼らを排水に曝し、彼らの遺伝子発現を調べるという、DNAマイクロアレイ(蛍光物質で標識した多数のDNAの部分配列を、区画のあるスライドグラスに区分して貼り付け、蛍光色素の発色具合から、各遺伝子の発現具合を確かめる)での研究にも幅を利かせている。

今年中にはゲノム解析終了の見込みも立っている彼ら、メダカ。1994年にはスペースシャトルで宇宙にまで行った、メダカ。非情にも実験動物として飼われている彼らによって、我々人類の科学技術は更なる躍進を遂げるだろう。他の実験動物と同様、彼らはいわば犠牲者なのだ。その理由は、彼らにしてみたらさも理不尽なことだろう。よって私達は、科学技術が生まれてから長年、「食べる」以外に様々な生き物に恩恵を授かっている。そんな彼らに、私は感謝の意を捧げる。

ありがとう、命。

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八つ当たり医療現場

最近の医療現場では、入院している患者又はその家族が、医師に対する不満を、抓る、引っ掻く、セクハラ等の暴力として看護師に向けている。患者側からしたら、十分なインフォームドコンセントを施さず、投げやりで治療される―もはやその形が治療と言うべきなのか謎である。個人的見解として、医師は肉体の治療は勿論の事、患者の精神的ケアまで範疇に入れて初めて、「治療を行った」と言えるのではないかと考える。―事に腹立たしさを感じ、その怒りをぶつけたくなるのが当然だろう。しかし、その怒りをぶつける場を、人を間違えてはいないだろうか。患者も医者も看護師も人間だ。勿論、インフォームドコンセント等の治療は医師だけでなく看護師にも必要なものだ。この個人的理念を念頭に置いた上で、以下に意見を述べる。

看護師とはおそらく、医者からの膨大な指示に従いながら患者の直接的なケアを行い、日々の役目を果たしているのではないか。(無論中には怠け者もいるだろう。社会は「8:2=怠け者:働き者」の構図が成り立っているという説まであるほどだ。)その役割上、自ずと患者と接する時間は長くなる。よって、患者の中には「医者より看護師の方が接し易い」と感じる者が出てきてもおかしくない(実際そうだと思うのだが)。そうすると、より看護師に対して安心感や親しみ易さが芽生えてくることだろう。―ここまでは良い。問題は、その先の捉え方である。ここで「ありがとう」という気持ちを抱くか、あるいは抱いたとしても、患者の頭の中で「医者>看護師」(因みに、管理人の頭の中ではこの様な構図は成り立っていない。「治療出来る範囲」で言ったらそうなるとは思うが、何か別の所で、「医者=看護師」である。)の立場に付け入るかどうかである。患者の事を「患者様」などと呼ぶ病院も増えているそうだし、一部の医者が「俺は患者より上だ」とする傲慢さと同様に、患者の中にも似た様な傲慢さが生まれているのではないかと思われてならない。先程も述べたが、患者=医師=看護師=人間である。もし、自分が患者で、治療で医師に酷い扱いを受けたのなら、その不満や怒りは看護師ではなく、当事者である医師について病院にぶつけるべきである。又、厚生労働省等にメールで訴えても良いだろう。正直、そうする事で即効性ある解決が出来るかどうかと聞かれると、答えはNOだ。しかし、入院中面倒を見てくれている人に対して暴力を振るうとは、如何にも人間性が乏しく感じられ、腹立たしさを覚えてしまう。看護師に「訴えるな」と言っているのでは無い。それは勿論賛成だ。「理性的に訴える」事と「暴力で接する」のとでは天と地の差だ。看護師も病院の一員であり、看護に従事している。よって、患者が「訴える」権利はいくらでもある。そして、医師や看護師には、患者からの治療における不満(あくまで医療についてだ。)を受け止める心の準備が必要である。何故なら彼らは、国民のお金でご飯を食べて、生きていけるのだから。

確かに、入院中の患者に対し道徳的観念どうこうを言うのは酷であり、それこそが間違っているかもしれない。人間、体が痛めば心も痛む。しかしながら、「あらぬ暴力行為」に出てしまう前に、不満をどうにか理性的に乗り越えてほしいものである。

今までに暴力を受けても、看護師として患者の、唯でさえ不安定な精神を支えようと人命救助に尽くそうとする人には、心から感動する。そして、そんな彼らがいるからこそ、病気で不安定になった時、その気持ちは、「受け止めてくれ」と云わんばかりに彼らにぶつけても良いのかもしれない。それは暴力とは違い、彼らの成長を促進させる栄養剤になるのではないかと思う。

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薔薇と海馬

薔薇の香りって良い香りですよね(*´▽`)1度で良いから薔薇の香水使ってみたいなぁ。けど高いんだろうなー。ウチに紫の薔薇咲いてるから、今度又お風呂に入れてみよう(*´T`)ムフフ。香水代わりに♪
…こんな事書くと「超贅沢!!」と思われるかもしれませんが、どうやらこの方法、単なる贅沢だけでも無いようです。何故なら、薔薇の香りには、海馬(脳内部にある、大脳辺縁系の古皮質部分。記憶に関係する機能を司る。)の活性を促す成分が含まれているらしく、それを寝る前に嗅ぐと翌日の記憶力がUPするそうです。
研究機関(何処か忘れた;)が行った実験(老若男女の被験者の一方には薔薇の香りを嗅がせ、もう一方には嗅がずに寝て貰い、翌日の記憶力を試験するというもの)では、香り成分を嗅いだ人達の方に成績の向上が見られたそうです。
これがもっと研究されて成果が出れば、アルツハイマー等の改善の手助けにならないかな?定期的に、寝る前に薔薇の香りを嗅いで貰った上で、今まで成果の見られた生活向上訓練を行う…まずは自分の身からやってみようかな♪

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血液型を変える酵素?!

米ハーバード大等の研究により、A型,B型,AB型の赤血球をO型に変える酵素(彼らは約2,500種類の細菌や菌類の抽出物を調べることで、A抗原を取り除く酵素とB抗原を取り除く酵素を得ることに成功)が発見された。この2つの酵素を利用することで、あらゆる血液からO型赤血球と同等の赤血球を得ることが可能になる―。しかも今回のこの成果、、従来行われてきた実験方法より高効率ときた。これは喜ばしい結果である。何故なら、O型の血液は赤血球の表面に抗原(A型ならA抗原、B型ならB抗原、AB型はA,Bの両抗原。)が無く、ABO式のどの血液型の人にも輸血出来る。と、いうことは!!将来緊急オペの際、「血が足りません!!」なんて事がなくなるかも?!もっといったら、献血が必要なくなるかも…?!…まぁそれは無いと思いますが…なんとなく。

しかし輸血の副作用は異型輸血だけでは無いので、その辺も解決せにゃあならんのでしょうか?難しいですな。

まぁ、現時点でいくら高効率とは言っても実験室内での成果なので、実用化には程遠いだろう。今後の研究に期待したい。

参考URL↓

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